ダジャレに明日はあるのか?!ダジャレに明日はあるのか!? 結論。ダジャレは永遠に不滅なのだ!! はい、おしまい。 とはいきませんね(笑) ご多分に漏れず 私も世間で言われるところの、「おやじギャグ」推進派の一人です。 おやじギャグ=つまらない・古い・キモイ…とネガティブなイメージが先行しますが、 レベルの問題ではないのです。 とにかく、言わずにはいられないものなのです。 私にも、ダジャレ・ギャグを発する上での美学というものがあります。 それは、「気」「時」「心」 まず「気」 これは、空気を読むということですね。 この場でダジャレを発していいものかどうか。 何かの式典、結構式、お葬式、会議室…、 得てして、こういうお堅い場面にいる時に、 ちょっとしたダジャレを思いついちゃったりするものですが、 そこから自分を抑えるのに必死になるのです。 続いて「時」 これは、タイミングを計るということ。 仲間内の和んだ場面で、ダジャレを思いつくままに発するおやじ、いますよね。 来た球全部打っちゃう人。 私はやはり選球眼というか、ベストなタイミングでホームラン狙い というのを旨としています(笑) そして「心」 これは、人を傷つけたり下品なネタは言わないということ。 ダジャレにも品格を求めたい、 ウィットに富んでなければいけないと思うのです。 まあ、どうでもいいことを書いてますよね。 私もそう思います。 でも、いつでも笑いが生活の底辺にあることこそが、 平和の証なのだと思います。 笑いは人間の特権 だと思います。 世の中見渡せば、ダジャレ(っぽいもの)で溢れていますね。 色々なネーミング、キャッチコピー、会社名までも。 そう! 日本は平和 なのです。 さて最後に、気の利いたダジャレでもくるのだろうな と思った方。 すみません、何もありません!(笑) これで いいのだ! |